【感想と魅力解説】『八日目の蟬』角田光代

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ご覧いただきありがとうございます。

今回ご紹介する一冊は角田光代さんの
「八日目の蟬」です。

本作は角田光代さんの代表作と言える長編サスペンスです。ただ、サスペンスといっても緊張感や緊迫感だけでは終わりません。

読み進めるほど「この物語をどう受け止めればいいのか」という答えの出ない問いが、重く胸に残るのです。

角田光代さんの作品を初めて読む方でも、情景や心理描写が丁寧で読みやすく、考えさせられる物語に惹かれるはずです。読み終えた後には、「他の作品も読んでみたい」と思わせてくれる一冊にもなるはずです。

この記事では、できる限りネタバレを避けつつ、その魅力を解説していきます。

皆様の読むきっかけになれば嬉しく思います。

『八日目の蟬』のあらすじ・概要

発売日定価出版社ページ数
2007/3/11465円中央公論新社346P

※単行本の情報です。

不倫相手の子を誘拐した野々宮希和子。その逃亡劇は3年半。

逃亡期間中、野々宮希和子はその子の母になろうとした。

それは罪であり、背後に迫る影の存在に気づいては、ひたすらに逃げる日々。

しかし、そこに一筋でも光が注がなかったのかと言えば、それは違いました。

この物語をどう捉えるべきなのか。
逃亡劇の中で見えた光を読者はどう感じるか。

『八日目の蟬』の魅力を解説

ここからは本書の魅力を深掘りして、
紹介いたします。

行き止まりへ向かう苦しい逃亡生活

誰がどう考えてもこの物語の行きつく先は行き止まりです。

だからこそ、野々宮希和子の視点で描かれる序盤から中盤は、常に張り詰めた空気が影のようにつきまといます。

読みながら、どうしても明るい未来は見えてこない。「こうなった時はどうするの?」と、物語より先回りして不安になり、逃げ道のない結末を何度も何度も予感してしまうのです。読者と希和子の感覚のズレが、より一層物語の緊迫感を増大させていきます。

そして、印象的なのは、誘拐された側の描写が少ないことです。そのことにより、ハラハラしている自分が逃亡劇を楽しんでいるように思えてくる。そこに戸惑いや不快感のような感情が生まれてくるのも、おもしろいところだなと思いました。

そんな複雑な感情を察しているように、希和子自身も目の前の現実と自分のしてしまったことの間で戸惑いと覚悟を繰り返していくのです。それは、もう歩みを止められないという絶望でもあったのだと思います。

この展開と心情描写は、物語を読み進めるための強力な推進力になっています。ここにこそ、角田光代さんの筆力が発揮されていると感じました。

読後に残るのは救いか、それとも罪か

野々宮希和子の行動は到底許されるものではありません。親子のかけがえのない時間を奪い、一生消えることのない心の傷を負わせ、多くの人を巻き込んだのです。

ただ、逃亡生活を振り返った時、そこには救いのような一筋の光が差し込んでいたことも事実だと思います。この矛盾こそが、読者にとって最も悩ましい部分ではないでしょうか。

それが本当に救いの光と言えるのかどうか。それとも、光だと感じたものは、ただの錯覚なのか…。答えは、読者一人一人に委ねられている気がします。

私自身は、暗闇の中にぽつんと差し込む光を感じました。そして、二人の生活に確かな幸せの香りを感じ、そこにいるのが本当の親子のような幻さえ見えたのです。

それと同時に、その光はいつまでも続きそうな逃亡生活という暗闇にいつか終わりが来ることを予感させました。やはり、この物語は誰がどう考えても、行き止まりへと続く道です。

本書を読み終えた後に続く二人の人生にとっては、どちらの光も必要だったと思うのです。

『八日目の蝉』が描いたのは、罪と幸福が同じ場所に存在してしまうという現実だったのかもしれません。

この物語に正しい感想なんて存在しない

本書『八日目の蝉』は映画化もされ、多くの人の心を動かし続けている作品です。

だからといって、物語に感動したり、登場人物に共感しなければいけないということではないと思います。そもそも、逃亡の発端となった誘拐が許されることではない以上、感動も共感もできなかったという感想があっても、ごく自然なことです。

しかし、角田光代さんは、そういった感動や共感へ誘導するためにこの物語を描いたのではないはずです。むしろ、普通なら理解が難しい人間の行動や心理、扱い方が分からない感情を焦点にして、物語に描こうとされたのではないかと思います。

そして、厄介なことにこの物語には一筋の救いのようなものが存在するのです。だからこそ、読後に簡単に答えを出せるものではなく、考えたり、想像する幅がぐっと広がる作品と言えます。

それはタイトルにも良く表現されています。蟬と言えば七日間の寿命だという話を聞いたことがある人も多いはずです。つまり、八日目まで生きた蟬がどういう状況なのかということです。

これは作品の中でも触れられているため、詳しくは本書を読んでみてください。そして、希和子と重ねたり、逃亡生活と重ねてみても良い。様々な意味と想像が交錯するような秀逸なタイトルだと思います。

ぜひ、本書『八日目の蟬』を読んで、あなた自身の感覚で物語を捉えていただければと思います。

『八日目の蟬』の感想

本書『八日目の蝉』は、読む視点によって見え方が大きく変わる物語でした。序盤から中盤にかけては、野々宮希和子の視点、中盤から後半にかけては誘拐された恵理菜の視点で描かれます。

野々宮希和子の視点で描かれる場面では、「もう少しこの二人の時間が続きますように…」と、願ってしまうこともありました。母になろうとした希和子は、確かに恵理菜に愛情を注いでいたのです。

ところが、成長後の恵理菜が描かれる部分では、そんな願いは後悔へと変わるのです。恵理菜人生において、三年半という期間は奪われた時間であるということ。そして、奪われたものは時間だけではなかったという現実を突きつけられるようでした。

希和子がしたことの重大さと腹立たしさが遅れて押し寄せてくるかのような感覚でした。しかし、これがエンディングに向かっていく中では、さらに捉え方が変わっていきます。

こうしてそれぞれの視点や物語の余白部分を想像することで、読者もまた戸惑い、悩むような作品なのではないかと思います。読み終えてからも、この作品のことを考えるとギュッと締め付けられるような気持ちになります。

まだ未読の方は、ぜひ角田光代さんの代表作をお楽しみください。そして、この物語の”光”をどう受け取るか、ぜひ確かめてみてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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