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ご覧いただきありがとうございます。
今回ご紹介する一冊は伊与原新さんの「八月の銀の雪」です。
科学の視点から温かな物語を描き出す伊与原新さん。本書は、その特有の魅力がより明確になり、今後の作品からも目が離せなくなった一冊と言えるでしょう。
本作は、第164回(2020年下半期)直木賞候補作であり、町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』が大賞を受賞した2021年本屋大賞では第6位に選出されました。
また、佐藤究さんの『テスカトリポカ』が受賞した第34回(2021年)山本周五郎賞の候補作にも名を連ねるなど、各文学賞でも高く評価されています。
この記事では、できる限りネタバレを避けつつ、その魅力を解説していきます。
次に読む1冊を探している方の参考になれば嬉しく思います。
『八月の銀の雪』のあらすじ・概要
| 発売日 | 定価 | 出版社 | ページ数 |
| 2020/10/20 | 1760円 | 新潮社 | 256P |
※単行本の情報です。
手際が悪いだけでなく、不愛想なコンビニのベトナム人店員グエン。
未だに就職先に縁がない、理系大学生の堀川。
グエンとの出会いにより、地球の奥底に思いを巡らせる。未知なる地球の神秘に触れた時、グエンの本当の姿を知る。
表題作『八月の銀の雪』から始まる全5編は出会いから始まり、地球や自然の圧倒的なスケールに膨らんでいく。
ハトの帰巣本能、ガラスの体をもつ生物など、そのどれもが神秘的であり、不可思議な世界。そして、揺るぎない科学の世界なのです。
『八月の銀の雪』の魅力を解説
ここからは本書の魅力を深掘りして、
紹介いたします。
伊与原新の短編集が面白い理由|「科学×日常」という型の魅力
伊与原新さんの作品の特徴は、科学の視点を通して、私たちの日常を少し違った角度から見せてくれるところにあります。
同じ短編集である人気作『月まで三キロ』をすでに読んでいたこともあり、本作『八月の銀の雪』は、深さも広がりも一段階バージョンアップした仕上がりだと感じました。
想像を掻き立てる地球の本当の姿や動物の本能に思わず感心したりと、物語ごとの切り口は実に多彩で驚かされました。
『どんな些細な日常も科学の視点を通せば、これだけ豊かになるのか』と思わされる読書体験。きっとまだまだ様々な切り口の物語が頭の中にはあるのでは、と期待してしまいます。
一方で、候補作となった直木賞の選評では、『パターン化している』という講評も見られ、評価を落とした印象です。ところが、個人的には「これこそ伊与原新さんの魅力の一つだ」と思ったのです。
例えば、漫才でも「この形なら何パターンもネタが作れる」という型があったりします。土台である“基本の型”がおもしろいからこそ、そこから様々なバリエーションが作れるということです。
これは小説でもあり得ることだと思います。『科学の視点×日常』という基本の型がおもしろいことは証明されているのです。そこから生み出される物語を楽しむというのは、まさに多彩なバリエーションをコレクションしていくような読書体験とも言えます。
この先、短編集が誕生する度に、「伊与原新—私的ベスト短編集-」が更新されていく。
そんな楽しみを想像しながら、ワクワクしました。
科学の視点で日常の奥行きに気づかされる読書体験
科学の世界に疎い私には、最初の表題作『八月の銀の雪』が、強い衝撃を受ける内容でした。
その衝撃は、「人類はまだ何も知らないんだな」と痛感させられ、“まるで別人”というような地球の本当の姿を見せられた感覚でした。
科学に精通する著者の本領を発揮しながら、その世界を読者にとても分かりやすい形に落とし込む。そんな小説家としての力量を感じる始まりでもあるのです。
本作では、日常に潜む科学を掘り起こし、私たちの世界の捉え方が変化していくはずです。そこにあるだけだった日常に、思いもよらない奥行きと力を感じるのです。そして、もっと広い視野で目の前の世界を捉えるべきだと思いました。
それこそ、日々悩んでいることが小さく思えてしまうくらいです。
そして、「知らないことを知れた」という言葉だけでは、本書の魅力を伝えるには不十分なのです。世界は未知のことに溢れています。人間は自分が知っている極一部だけを見て、世界を知った気になっているのです。
読み進めるうちに、目で見える範囲以上に、脳内の視野が広がったような不思議な感覚になりました。
科学が教えてくれる未知の力
人生には解き明かせないことが山ほどあります。そもそも、自分がどんな人間であるか分からないのです。
性格診断や占いなど、あの手この手を尽くしても、結局何かに当てはめてみた結果でしかありません。
だからこそ、どれだけ親密な人間関係であっても、それは同じことです。互いを完璧に理解し合っていると考えるより、「分からない部分があって当然」と思えた方が、むしろ気持ちは楽になります。
何もかも知っているような錯覚に陥ってしまうと、人はそこで成長を止めてしまいます。視野は狭まり、“無知であること”と“未知であること”の違いを見失ってしまいます。
未知のことは、人の想像力を強く刺激します。そして、「知りたい」という欲求は、人間が前に進むための大きな原動力になります。
それは日常や自分の人間関係にも落とし込むことができます。未知は知ろうとする姿勢に繋がるものです。
それは日常や人間関係にも、当てはめることができます。未知とは、距離を取る理由ではなく、相手を知ろうとする姿勢そのものに繋がるものなのだと思います。
1編読み終えるごとに、「知らないことばっかりだな」と思う一方で、ワクワクしている自分がいる。これが伊与原新さんの作品の力なんだなと感じます。
『八月の銀の雪』の感想
八月はなぜ暑くなるのか。例えば、その仕組みを完璧に説明されても『夏は暑いから暑いのだ』としか思えない。
そんな理系科目が苦手だった自分にとって、伊与原新さんの作品は正直あまり相性が良さそうには思えませんでした。ところが、読んでみると、どの話も不思議と『誰かに話したくなる』ような話なんです。
『理屈は分からんでもいい。しかし、もっと伝えたいことがある』
そんな印象を受ける伊与原作品は、いつも地球や自然の“未知数ぶり”や“神秘的な姿”を分かりやすく、魅力的な物語にしてくれます。だからこそ、「八月に雪が降る」という『まさか』に、最初から心を掴まれました。
小説は書き手の思惑があるにしても、読者が自由に感じ、想像すれば良いと思っています。しかし、伊与原作品は、それをも越えていると言えます。むしろ、世界そのものが、もっと未知で自由なのだと教えてくれるのです。
そして、そこに物語が生まれることで、理系や文系なんて区別は意味を失います。そして、頭の中には、もっと自由な世界が広がっていくのです。
ぜひ、その感覚を味わっていただきたいので、手に取ってみてください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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