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ご覧いただきありがとうございます。
今回ご紹介する一冊は嶋津輝さんの
「カフェーの帰り道」です。
本書は第174回(2025年下半期)直木賞を受賞した話題の作品です。著者は第170回(2023年下半期)に『襷がけの二人』で、直木賞候補作となっており、常に高い評価を受けています。
正直なところ、直木賞を受賞していなければ、この作品に出会う人は少なかったのではないでしょうか。そして何より、この“読後の幸福感”を味わうこともなかったと思うと、文学賞の存在は偉大だなと感じます。
物語は100年前の東京を舞台として描かれます。大正末期から昭和初期と、歴史的背景のある物語に躊躇する方もいるかもしれませんが、非常に読みやすい連作短編集です。
この記事では、できる限りネタバレを避けつつ、その魅力を解説していきます。ぜひ、あなたが読む『次の1冊』に、本書をおすすめさせてください。
皆様の読むきっかけになれば嬉しく思います。
『カフェーの帰り道』のあらすじ・概要
| 発売日 | 定価 | 出版社 | ページ数 |
| 2025/11/12 | 1870円 | 東京創元社 | 224P |
東京・上野の片隅にある『カフェー西行』は、食堂や喫茶を兼ねた場所。
そこには、近隣住民が集まり、客をもてなす女給が働いていました。
女給はただ食事を配膳するだけでなく、そのカフェーの雰囲気作りに重要な役割を果たすのです。
そんな『カフェー西行』は、残念ながら流行りとは縁の遠いカフェーでした。
しかし、そこにはいつも個性に溢れ、たくましく生きている女性の姿があったのです。
ある時は、竹久夢二風の化粧で人気となったタイ子に注目が集まる。またある時は、明らかな嘘で驚かせる園子がカフェーを彩っていきます。
それぞれの女性の生きる道が交差する場所。そして、満ち溢れる幸せな時の流れがある物語です。
『カフェーの帰り道』の魅力を解説
ここからは本書の魅力を深掘りして、
紹介いたします。
100年前の物語が心を満たす理由
生きたことのない時代の物語なのに、なぜか心が満たされる。じわっと立ち上がってくる感情や空気感が、読後の幸福感へと繋がります。
大正末期から昭和初期という時代を、実際に肌で感じたことのある読者は、ほとんどいないでしょう。ところが、どこか懐かしい気持ちになる人はいるはずです。
なぜなら、昔の面影は今も私たちの生活の中に息づいており、知らず知らずのうちに目にし、耳にしてきたからです。それは「懐かしい」という感情の“小さな芽”のようなもので、普段はただの風景の一部でしかありません。
たとえば、着物であったり、古い日本家屋や昭和の面影を残す喫茶店など、その雰囲気が現代にも薄らと引き継がれていることもあります。
だからこそ、100年前の物語を紐解く鍵は、自分の中や現代の生活の中に眠っているものです。
物語の何気ない情景描写や人の立ち居振る舞いから、100年前の物語は自分の中でどんどん膨らんでいきます。そして、その一つ一つに心が満たされていくのです。それが“風情”であったり、“趣”であったりするんだと思っています。
本書の中でも、着物の柄が頭に浮かんだかと思えば、どこかで見たような古い町並みが頭の中に広がる。コーヒーは頭の中で『珈琲』と変換され、書き物をしている手元には鉛筆があり、梅干しはやけにおいしそうです。
風情や趣という感覚が分からなくても、膨らんでいくイメージに、いつしか心は満たされていくのです。自分が生きたことのない時代の積み重ねが、今の生活の土台です。「過去に思いを馳せる」という行為はこんなにも人を幸せにするのだと本書を通じて気づかされました。
確かに、思い出したくない過去もあるでしょう。しかし、本書を通じて思いを巡らせる過去は、自分の感性で自由に描けばいいと思います。そんな時間こそが、幸福な読書時間なのだと思います。
女給たちの強さとしなやかさを描いた女性の物語
物語は、ただ昔の時代に想いを馳せるだけではありません。そこには、たくましく生きている人間の姿が個性的に描かれています。そして、印象的なのが、強さとしなやかさを併せ持った女給たちの存在です。
女給という仕事は、注文を取ったり、配膳をするだけではありません。お客さんとのコミュニケーションも重要な仕事の一つで、カフェーの色が出る部分でもあります。
人気のある女給は、他店へ誘われることもあったようです。
物語の中でも、タイ子はその代表例です。画家である竹久夢二が描く女性に似ているということで、竹久夢二風の化粧で人気を集めました。
当時のカフェーは、今の喫茶店とは違って、もっと生々しい場所だったんだと思います。その中で、「カフェー西行」は、他店とは違った“憩いの場”として描かれています。特にマスターの存在が、温かな雰囲気を作り出しているのです。
容姿や年齢にこだわらず、抱えているものや欠点があったとしても良い。内面から浮き上がってくる美しさや魅力を武器に、誰一人として卑屈になることがないのです。主役はマスターでもなく、お客さんでもなく、一人一人の女給です。
その姿は強く、たくましく、そしてしなやか。
それぞれが一歩も引くことのないようなエネルギーに満ちているように感じました。その力強い姿と内面から湧き出てくる魅力をぜひ感じてください。
心を満たす何気ない日常
何気ない日常が流れていく物語は、耳を澄ませ、目を凝らすように想像を膨らませて楽しんでください。
本書は何気ない日常が流れていく小説です。しかし、登場人物の視点で物語の世界を見れば、見えてくる世界は変わっていきます。たとえば、物語後半の時代背景は、戦争によって影を落とします。だからこそ、何気ない日常が描かれていること自体が、強い光を帯びているようにも感じられるのです。
見る視点を変えることで、何気ない日常は姿を変えます。聞こえてくる音が変わり、見えてくる景色が変わっていく。その一つ一つを言葉に置き換えてしまうと、説明的な物語になり、風情や趣は感じにくくなってしまいます。
著者の『書く力=導く力』と読者の『読む力=想像する力』が呼応する絶妙なバランスがこの作品にはあります。モノクロの世界が、彩られていくように感じる瞬間です。
一つの絵に繊細に色をつけていくように、楽しんでください。
『カフェーの帰り道』の感想
100年前の物語ではありますが、自分にとっての「昔」を思い出しました。
昔、少し贅沢をした日に、親が「もう今日はお茶漬けやな」と、口にしていました。贅沢したんだからその後は質素に暮らそうということです。
そんな子どものころの記憶が、ふと浮かび上がり、懐かしさを感じたのです。ただ、それは100年も前の話ではなく、せいぜい20、30年の話なのです。
そしてもう一つ、自分にとっての「昔」とは、教科書で知ったことや、年配の方の昔話を聞いた経験です。
これが今になって物語の要素や背景を理解する上で、少なからず活きているんだと思います。自分が見聞きした経験というのは、それが「何の意味になるの?」と感じることでも、いつか活きることがあるんだと感じました。
100年前は、お茶漬けが夕食のメニューになっても不思議ではない時代です。
そんな100年前の時代と、自分にとっての「昔」、そして「今の自分」が一冊の物語の中で結ばれる。それは、“特別な読書体験”だなと感じました。ぜひ、あなたにとっての「昔」も思い浮かべながら、楽しんでください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
嶋津輝さんの『カフェーの帰り道』はこちらからどうぞ。

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