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ご覧いただきありがとうございます。
今回ご紹介する一冊は伊与原新さんの「月まで三キロ」です。
本書は『第38回新田次郎文学賞』を受賞しています。この文学賞は史実・事実に基づいた文学、あるいは自然界を題材にした作品の中から選ばれます。
新田次郎氏は自身の経験から「直木賞をもらうまでがいちばんきつかった」と口にしていたそうです。その期間に背中を押すような存在でありたいと作られた文学賞です。
※引用:公益財団法人 新田次郎記念会「新田次郎文学賞」公式サイト
著者は2021年『八月の銀の雪』で直木賞候補に。2025年に『藍を継ぐ海』で第172回直木賞を受賞されています。まさに、本書が著者の小説家人生を大きく切り開いたと言っても過言ではありません。
私自身も、この1冊を読んで伊与原新さんの作品を大好きになりました。
この記事では、できる限りネタバレを避けつつ、その魅力を解説していきます。
皆様の読むきっかけになれば嬉しく思います。
『月まで三キロ』のあらすじ・概要
| 発売日 | 定価 | 出版社 | ページ数 |
| 2018/12/21 | 1760円 | 新潮社 | 256P |
この先に「月に一番近い場所」があるんです。
そのタクシーが乗せた客の男が目指しているのは、樹海でした。
運転手は気付くんです。この男が死に場所を探してタクシーに乗ったということに…。しかし、運転手は樹海とは違い、山奥へとその男を連れていきます。
“月は一年に少しずつ地球から離れていってる”と話しながら、たどり着いた場所。そこで、運転手は何を語り、客の男がどう感じたのか…。
表題作『月まで三キロ』から始まる、科学が紡いでいく全6編の温かな短編集。
『月まで三キロ』の魅力を解説
ここからは本書の魅力を深掘りして、
紹介いたします。
科学が物語に溶け込む、静かで温かな短編集
本書の特徴は、科学の要素が物語の中にごく自然に溶け込んでいることです。
一言に科学と言っても様々ですが、天体や化石、火山など多岐にわたります。参考文献を見ても、関連する書籍が並んでいて、丁寧に物語の世界が作られていった過程が想像できます。
人によっては科学と聞いて身構えてしまうかもしれません。ですが、そんな方こそ手に取ってほしい1冊なのです。本書は小難しい話が並ぶのではなく、私たちが住む地球や自然に向き合っている作品だと思ってください。
つまりは、圧倒的な存在や年月の積み重ねと向き合うということです。読書好きな方なら、その中に様々な物語があることを想像するでしょう。本書はその世界観を持っている作品です。
未だに科学では解明できない宇宙や自然界が、ちっぽけな存在である人間と掛け合わさる。そして、思いがけない温かな物語を生み出していく。その不思議な魅力がこの短編集には詰まっています。
スマホを置いて夜空を見上げたくなる物語
最初の表題作『月まで三キロ』を読んだ時、ふと月を見上げたくなる感覚に陥りました。
太陽は暑さや眩しさなど、姿を見なくても否応なしにその存在を感じますよね。一方で、月は話題にならない限り、その存在を意識している人は少ないかもしれません。
月には夜に似合った静けさや温度感があるものだと思っていました。ところが、本書を読むと月には人の心に寄り添うような温かさや、確かな存在感があるのだと気づかされます。
表題作の内容は、全体的に陰鬱な空気感があります。そんな中、月の存在がそんな空気を包み込んでくれるようでした。物語を読み終えた時に、ふと夜空を見上げたくなるはずです。
私たちはいつの間にか「スマホで覗き込んだ世界」こそ、世界の本当の姿なんだと思い込んでしまうことがあります。ところが、この本の最初の作品で『たまには見上げて目の前の世界を見てみたら?』と、言われたような気がしました。
夜空を見上げれば、画面越しの情報よりも、ずっと確かな世界がそこにあると気づきます。それが伊与原新さんの作品の魅力なんだと気づいた時には、本書に夢中になっていました。
背中をそっと押してくれる一冊
本書は科学の要素がありますが、知識が必要な小説ではありません。
むしろ、何も知らない状態のまま、自然に物語へ連れて行ってくれる作品だと感じました。科学の視点は、この世界の捉え方を変えてくれる要素です。圧倒的な自然の存在や時間の積み重ねの中に、様々な考え方や捉え方のヒントが眠っています。
1つ1つの話に、劇的な幕切れや最高のハッピーエンドが用意されているわけではありません。むしろ、次の一歩を踏み出せるような余韻の残る終わり方です。
本書が持っている温かさは、人の手の温もりのようなものです。その温もりを持った手で背中を少し押されるような6編なんです。
科学的知識を盛り込んだ上で、このじんわりした温かさを感じさせられるのは、不思議な読書時間でした。
『月まで三キロ』の感想
『また、おもしろい短編集に出会ったな』というのが、読み終えた時の率直な感想でした。
短編集の感想として特徴的なのが、「自分は3編目が一番好き」というように、1冊の本の中でも読者の評価が分かれるところです。これは決して悪いことではなく、短編集のおもしろいところなんですよね。
では、本書はどうかというと、まずこの“好みの偏り”が少ないなと感じました。どの作品もそれぞれに“新鮮さ”と“温かさ”があります。つまり、表題作以外の作品も非常に素晴らしい粒ぞろいの作品だということです。
これは個人的な感想というだけでなく、SNSやレビューを見ていてもそう感じました。どれか一つの作品に人気が集まっているわけではないんです。
6編共通で科学的視点が盛り込まれているという特徴がある。なおかつ、どの作品にも興味を惹かれ、心温まる物語がある。それが本書の完成度の高さを証明しているなと感じました。
今作をきっかけに、伊与原新さんという作家さんに興味を持ちました。他にもおもしろいと噂されている過去作がたくさんあるので、楽しみたいなと思っています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
伊与原新さんの『月まで三キロ』(文庫版)はこちらからどうぞ。
※単行本は取り扱いがない場合が多いです。

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