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ご覧いただきありがとうございます。
今回ご紹介する一冊は千早茜さんの
「透明な夜の香り」です。
本作は、国民的ベストセラー『失楽園』、直木賞受賞作『光と影』を生み出した渡辺淳一氏の功績をたたえて創設された「渡辺淳一文学賞」の第6回受賞作です。
人間心理に深く迫る豊潤な物語性をもった小説作品を表彰する文学賞であるとされています。
ちなみに過去の受賞作には、
・第1回(2016年):『あこがれ』川上 未映子
・第2回(2017年):『マチネの終わりに』平野 啓一郎
と続き、のちに塩田武士さんや金原ひとみさんなど、幅広い作風の作家たちが選出されています。
また、本書は文学賞を受賞に留まらず、千早茜さんの代表作として長く読まれ続けている人気作です。
この記事では、できる限りネタバレを避けつつ、その魅力を解説していきます。
皆様の読むきっかけになれば嬉しく思います。
『透明な夜の香り』のあらすじ・概要
| 発売日 | 定価 | 出版社 | ページ数 |
| 2020/4/3 | 1760円 | 集英社 | 256P |
書店員を辞めた一香が新しいバイト先に選んだのが、古い洋館でした。
そこで行う仕事内容は、一風変わった家事手伝い。
洋館では、調香師の小川朔が、「香り」を作る仕事をしていました。それがまた、一般的に思い浮かべるような香水やアロマのようなものではないのです。
天才調香師の朔のもとには、誰にも言えない秘密を抱えた女性や、失踪した娘の手がかりを求める親がやって来ます。つまりは、何か事情を抱えた依頼主なのです。
香りは、永遠に記憶される。きみの命が終わるまで。
そんな香りの力を知る朔と巡り合った一香の香りにまつわる物語。
『透明な夜の香り』の魅力を解説
ここからは本書の魅力を深掘りして、
紹介いたします。
五感に訴えかける圧倒的な表現力
「調香師」「香り」をテーマにした珍しい物語です。調香師の小川朔は特別な嗅覚の持ち主であり、様々な香りを作ることができます。
本来、匂いというのは動物にとっては非常に重要なものです。匂いからは様々な情報を収集することができ、危険を察知したり、判断する材料にもなります。
小川朔はまさに、このレベルで嗅覚が研ぎ澄まされていると思ってください。
そんな優れた嗅覚から広がる本作の物語には香りの世界の奥深さが詰まっています。
そして、千早茜さんの「五感に訴えかける表現力」とも相性が抜群に良いのです。文字の情報から匂いを想像したり、この匂いは自分なら苦手な気がするなと感じさせられるんです。
ちなみに、千早茜さん自身も非常に嗅覚が敏感なようです。自身の感覚が本書に活きていて、繊細で豊かな表現力で読者に伝えることができる。その表現力目当てで、どんな作品も読みたくなる素晴らしい作家さんです。
千早茜×調香師の世界観が導く幻想的な読書体験
『透明な夜の香り』はとにかくミステリアスな雰囲気を持つ作品です。
香りの世界であることはもちろん、調香師である小川朔の存在が作品全体に大きな貢献を果たしていると言えます。
その印象は”動”と”静”で言えば、極端に“静”に偏っているんです。千早茜さんの繊細な文章表現と小川朔の繊細で静かな雰囲気の相乗効果により、幻想的な読書時間を体験できます。
嗅覚でも、聴覚でも何か感覚が優れている人は、その人同士でしか分からない世界があるものです。
多くの人にとっては「何も感じないこと」が、生活を送る上で大きな影響を持つ。例えば、音の高さを瞬時に判断できる絶対音感のように、小川朔は絶対的な嗅覚を持ちます。
「感じ取れる世界」と「感じ取れない世界」の間には見えない壁のようなものがあります。この作品はそんな壁の向こうへ連れて行ってくれる不思議で魅力的な作品なのです。
香りの世界から”人間の奥底”へ─この作品が心に刺さる理由
この作品が心に残る理由は雰囲気の良さだけではありません。“欲望”や“孤独”という人間の生々しい部分にまでしっかりと触れている点が魅力です。
物語の世界観は非常に繊細ですが、読む進めていくとわずかな綻びを感じるはずです。その綻びから漏れてくるのは、美しさとは対照的な泥臭く、触れたくないような感情。
人には必ず何らかの欲があります。それは人には理解されず、自分にもどうしようもないものです。
同じように人には何らかの孤独があります。それは単に友達がいないという孤独とは違うのです。何らかの過去を背負い、それを他人と共有できないことで生まれてしまうものだと思います。
人の心の奥底には“欲望”や“孤独“が不敵な笑みを浮かべて鎮座しているのです。普段はその存在に気付かないふりをしています。ところが、ふとした瞬間にその存在を自覚し、恐ろしくなるのです。
この物語は香りの世界を入り口にしながら、人間の奥底に踏み込んでくる物語です。私はこの部分があったからこそ、この作品が様々な人を惹きつけているのだと思っています。
『透明な夜の香り』の感想
香りが記憶を呼び起こす現象を「プルースト効果」と呼ぶそうです。
確かに香りは、その時の記憶を掘り起こしてくれる”スイッチ”だなと思います。そして、この作品を読み終えた今、香りが記憶を呼び起こす度に、この作品のことも思い出すのです。
それくらい「不思議な小説に出会ったな」という印象が残っています。
そして、何かの感覚に優れるということは、世界の一部分だけを虫眼鏡で拡大して見ているようです。
つまり、見たくないものまで見えてしまうような感覚でもある。これが「生きづらさ」に繋がることもあるので、皮肉なものだなぁと思います。
ちなみに、本書には『赤い月の香り』という続編もあります。ぜひ、この二作を通して、香りの世界の奥深さを存分に味わってみてください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
千早茜さんの『透明な夜の香り』はこちらからどうぞ。
■単行本はこちら
■文庫版はこちら
■『赤い月の香り』はこちら

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